CROSSOVER BOOK | MAY 2024

心を動かすスポーツ SportsDocument CROSSOVER BOOK021

高橋大輔

心優しき少年のターニングポイント[フィギュアスケート]

アスリート人生に壁が立ち塞がったならば。それは自分が成長するチャンスが訪れたと言うことだ。

CROSSOVER BOOK22

高橋 大輔

DAISUKE TAKAHASHI

Special Interview


華やかな表舞台の裏には、挫折や葛藤が渦巻いている。
様々な快挙を成し遂げた高橋大輔さんは、いかに壁を乗り越え、
フィギュアスケートと向き合ってきたのか、その裏側をお届けします。

CROSSIOVER BOOK22

Special Interview DAISUKE TAKAHASHI

バンクーバーオリンピック銅メダルを含む、
オリンピック3大会連続入賞の偉業を成し遂げた、高橋大輔。
彼のスケート人生のピンチ……。
言葉どおりに当てはめるならば、多くのトップアスリートと同じく、
ケガに端を発する挫折がそれに該当するだろう。
2004年、練習中のケガで思うようなスケーティングができなくなり、
競技へのモチベーションが低下し『スケートを辞めたい』と思ったとき……。
2008年、右膝前十字靱帯断裂の重傷を負い、
シーズンを丸ごと欠場する事態に陥ったとき……。
さらには2010年、バンクーバーオリンピック銅メダルを獲得したが故の、
≪燃え尽き症候群≫に陥ってしまったとき……。

だが実のところ、高橋がそれらを苦い記憶として語ることはあまりない。


大好きなスケートを楽しむためなら、
苦を苦とも思わない。



そんな気質が、彼の根底にあるからなのだろうか。
そんなレジェンドスケーター・高橋大輔の誕生は、
幼少期の≪優しい心が作った壁≫を乗り越えたことがきっかけだった。

CROSSOVER BOOK022

Special Interview Special Interview DAISUKE TAKAHASHIA

1986年、岡山県倉敷市に生まれた高橋は争いごとを嫌う泣き虫な少年だった。

強い子に育ってほしい……。

心配した両親は、空手やラグビーなど男っぽい強いイメージのあるスポーツを息子に勧めるが、小学2年生の高橋少年は首を縦に振らない。興味があったのは体操。当時はソウル、バルセロナ2大会連続オリンピックメダリストに輝いた、池谷幸雄の人気が最高潮。高橋少年は純粋に憧れていた。だが、家の近くでは体操を習える場所がなく、願いは脆くも崩れ去る。

CROSSOVER BOOK022

Special Interview DAISUKE TAKAHASHI

ちょうどそのころ、
界隈に
屋内スケートリンクが作られた。


高橋少年は運命に導かれるかのように、そのスケートリンクを訪ねることになったのだ。「本当は、ご両親はアイスホッケーをさせたかったんですけどね」高橋の母親が務める美容室の娘で、[大輔]の名づけ親でもある初瀬英子さんは、そう振り返る。16歳上の彼女は、忙しい母親に代わって、高橋の面倒を見ていたという。「でも、アイスホッケーの様子を見て、泣き出しちゃって」プレーヤーが身につける、ゴツいプロテクターが怖かったのだという。

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Special Interview DAISUKE TAKAHASHI

こうなると、もはやアイスホッケーどころではない。あきらめて帰ろうとしたそのとき、

高橋少年の目に飛び込んだのは、
同じリンク内の
フィギュアスケート教室だった。


「遊んでいるように見えたんでしょうね。コーチが女性だったのも、運が良かったんだと思います」なんと、高橋少年はそのままフィギュアスケートを習うことになったのだ。その存在すら意識になかったフィギュアスケートとの、偶然の出会い。友だちとの遊びの延長線上で始めた習い事が、後のオリンピックメダリストに昇華するとは、このとき誰が思っただろうか?「今思えば、この倉敷でスケートを始めたからこそなんでしょうね」名選手を輩出する他県とは違い、倉敷はお世辞にもフィギュアスケートの盛んな土地ではない。

誰かと戦ったり、競い合うことが大嫌いな泣き虫少年にとって、それは好都合だった。

のびのびと、楽しみながら
スケートに
のめり込んでいったのである。


多感な少年期にスケートの楽しさを覚えたことで、長じて競技の世界に身を置くようになっても、今度は『戦うことの楽しさ』を見出したのだろう。結果がすべてを物語っている。結局、高橋には人と争う競技性そのものが、スケート人生最大の壁だった。

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Special Interview DAISUKE TAKAHASHI

楽しむことでその壁を乗り越えた彼にとって、後のケガによるピンチは
『またスケートを楽しむために』クリアできたに違いない。

歴史に名を遺すトップアスリートは、
ほぼ例外なくその競技を愛し、
楽しむ術を知っているのだ。


シングル種目に一区切りをつけ、
村中哉中とのペアでアイスダンスを極めた後の2023年、
高橋大輔は2度目の現役引退を表明。
フィギュアスケートを楽しみ尽くした彼の顔は、
雲一つない青空のように晴れやかだった。

CROSSOVER BOOK021

高橋 大輔

DAISUKE TAKAHASHI

Profile


1986年3月16日生まれ、岡山県出身。8歳からスケートを始め、2002年に世界ジュニアフィギュ
アスケート選手権で優勝。その後、右膝前十字靭帯断裂により選手生命を危惧されたが復活。2010年バンクーバー冬季オリンピックでは日本男子初のメダルとなる銅メダルを獲得。同年の世界選手権で日本男子初の金メダル獲得。2014年ソチ冬季オリンピック6位入賞。オリンピック3大会出場及び3大会連続入賞は日本フィギュアスケート選手では男女を通じ初の快挙。同年10月に引退を発表しプロフィギュアスケーターとして多方面で活躍。2018年に競技復帰を表明し復帰戦の近畿選手権で3位、2戦目の西日本選手権で優勝。全日本選手権では2位となり、6年ぶりの表彰台。2019年、シングルの活動は最後に、2020年から村元哉中をパートナーにアイスダンスに転向。結成2年目の2022年に四大陸選手権銀メダルを獲得。2022年、全日本選手権で優勝。シングルとアイスダンスで史上初の2冠を成し遂げる。2023年の世界選手権では日本歴代タイの11位とフィギュアスケートの世界に新たな道を切り拓き、同年5月に競技会より引退。