

松井 稼頭央
KAZUO MATSUI
Special Interview
球界を代表する選手として、名前を知らない人のほうが少ないかもしれない。しかし、現役時代の輝かしい成績とは裏腹に、高校時代、そしてプロ入団後は悩みに悩み抜いた。そこから松井稼頭央さんは、どうはい上がったのか?
1994年プロ野球イースタンリーグ(二軍)。
西武ライオンズの遊撃手、ルーキー・松井稼頭央は、
その試合で24個目のエラーを喫する。
「自分が一番ヘタくそでした……」
PL学園からドラフト一位で入団した松井は、完全に自信を失っていた。
そもそも松井は、入団時から衝撃を受け続けていた。

PL学園では投手。3年時に複数球団からドラフト指名候補のあいさつを受けるが、1球団を除き、野手として指名したいという。「戸惑いはありましたけど、野手のほうが長く野球ができると思って、割りとすんなり受け入れられました」
だが、いざライオンズに入団してみると、当時の常勝軍団の内野はファースト・清原和博、セカンド・辻発彦、サード・石毛宏典、ショート・田辺徳雄(奈良原浩)と、そうそうたるメンバーがそろっていた。
「無理!あそこに割って入るなんて」
当然のように、ルーキー年は一軍登録なし。そしてイースタンリーグで24失策……。「遠くにとてつもなくでかい壁が見えたんですよね」
思えば、これが野球人生で初めての挫折と呼べるものだった。

松井が野球を始めたのは、幼稚園のころ。以降、さまざまな球技やブルース・リーに憧れて始めた少林寺拳法を経て、野球一本に絞られていく。その中で、松井にはスポーツに求める絶対的志向があった。
「楽しむことです。
楽しめなければやる意味はない
とまで思っていました」
楽しむためにはうまくなる必要があり、うまくなるには膨大な練習を積む必要がある。その考え方は全国でも指折りの強豪、PL学園に進んでも変わらなかった。

「甲子園を楽しむには、PLに行くのが一番の近道でしたから」だから、実のところプロ野球は、さほど眼中にはなかった。行けるとも思っていなかった。だが、ドラフト候補に挙げられたことで風向きが変わる。「高いレベルの野球を楽しんでみたいなと。漠然とでしたけど」
その松井が、
プロの世界で窮地に立たされたのだ。
「やばいとは思いましたけど、絶望はしていなかったです。野手になったばかりで、一番へたなのは自覚していましたから、あとは上るだけじゃないですか」驚いたことに松井は学生時代から、確たる野球の指導を受けたことがない。並外れた天性の運動能力と練習量を背景に、先輩(自分より上級者)のプレーを見て、盗んで、ほぼ独力で学んできたのだ。加えて、超がつくポジティブ志向。
「やるべきことをとことんやれば、
結果はついてくるだろうと」
そして、松井は手本となる人物を見つけた。1995年、プロ二年目でのマウイキャンプ。自分と同じショートで、一軍のレギュラー・奈良原浩をロックオンする。「ボールを捕ってから投げるまで、いつ投げたの? っていうくらい一連の動作が速くて。手品かよ!と思いましたね」
この人に追いつければ、プロ野球を楽しめる。松井は奈良原の背後から、そのプレーを観察し、自ら実践。奈良原の技術を吸収していった。「自分がうまくなっていくのを感じるのは、楽しかったですね」
気づけばこの年、松井は初めて一軍登録され、
69試合に出場。翌年のレギュラー獲得への足掛かりをつかんでいた。
楽しむことを忘れず、
楽しむための労をいとわないアスリートは、
並み居る天才を遥かに凌駕する。
さらにいえば、そうした努力を惜しまない天才は無敵である。
その最たる一人、松井稼頭央は、最初で最後ともいえる試練を乗り越えた後、
名ショートとして8年連続全試合出場、通算守備率9割7分8厘(ショートでは高確率)の成績を収め、
打者としても2002年にトリプル3(36本塁打、33盗塁、打率3割3分2厘)を達成した。
そして現役生活25年(うちMLB7年)、松井は大好きな野球を楽しみ尽くし、
2018年、43歳でグローブとバットを置いた。
松井 稼頭央
KAZUO MATSUI

Profile
1975年10月23日生まれ、大阪府出身。小さいころからピッチャーとして野球漬けの毎日だったが、小学校や中学校時代に全国大会出場はなかった。PL学園高校(大阪府)に進学し、2年時の春の大会に背番号1として登録されたが、ヒジの痛みもあり出場した準々決勝では3回でマウンドを降りている。結局、甲子園出場は一度きりだったが、フィールディングのよさを買われ1993年のドラフト会議で西武ライオンズが野手として3位指名。1996年には開幕から遊撃手のレギュラーをつかみ、その後は球界を代表する選手に上り詰めた。ニューヨーク・メッツ、コロラド・ロッキーズ、ヒューストン・アストロズとメジャーでも活躍し、2010年、東北楽天ゴールデンイーグルス加入。2018年には古巣のライオンズへ復帰し、このシーズンで現役生活にピリオドを打った。現在は解説者・評論家として外側から野球界を支えている。